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2010年3月 1日 (月)

桐生市議会が象徴しているもの(2)

 私が3年前の選挙で当選できたのも、私を応援してくれた桐生人の人間関係が大きく影響していることは間違いありません(選挙用ポスターの写真を美しく加工したおかげもある)。

 そういうものも、大切だと思います。が、それが『道理』を超えてしまった。超えてしまった現象が、今の桐生市議会に現れているのではないでしょうか。

 「謝罪しろ」「謝罪しろ」と幾井ギチョーと愉快な仲間達は言うけれど、謝罪した西牧議員は、今度は「謝り方が悪い」と言われています。彼等の目的が「謝罪」にあること自体、その次が見えない(ないのかもしれない)のだけれど、「謝罪」したところで、桐生市議会は何も変わらないことだけは、ハッキリしている・・・というか、今回の件で、より一層、ハッキリしました。 

 桐生市議会は、まさに使い物にならない。象徴的なそのものでしょう。

 彼等は、自分たちの生活給と議員特権と、センセイなどと呼ばれて生まれてしまったちっぽけなプライドと・・・そんなものを守ろうと必死になっているように見えます。また、議会での本当のことを市民に知られた時、あるいは議員でなくなった時、プライドやメンツを傷つけられることに恐怖心を抱いているから、感情的になって、わーわー言っているだけではないですか。

 本当は、自分たちが議員でなくなったら、社会の中で何の役にも立たないということを認識するのが怖いのではないですか?違いますか?

 かなしい。・・・かわいそうな人たち。

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