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2011年1月19日 (水)

竹原氏の落選は市民・国民の覚醒に必要なプロセス

阿久根市長選挙結果を受けて、たまに「残念だったね」と声をかけられる。が、私は全く残念と思っていないし、がっかりもしていない。阿久根市は桐生市より議会や行政に対する市民の覚醒率がずっと高いが、過半数には達していなかったというだけのことだ。市民、そして国民覚醒のためには、今回竹原さんは市長に再選しなくてよかったのだ。再選する必要はなかったのだ。再選しないで、その後の現実を市民がかみしめれば良いのだ。そしてまた覚醒していけばいい。そういう市民を見て、広く国民も考え覚醒していけばいいのだ。そういうことの繰り返しが、「みんしゅしゅぎ」の社会を作っていくのだと思う。

結局、お金にしても、ものにしても、「みんしゅしゅぎ」にしても、与えられたものは大切にしない。自分で苦労して苦労して獲得した価値あるものでなければ、大切に出来ないのだと思う。

竹原さんが落選して、「残念」「がっかり」などと思うのは、竹原さんに依存しすぎていた証拠だ。そもそも「阿久根が変われば日本が変わる」というキャッチコピーがあるが、竹原改革が成功したとしても、改革の前例にしかならない。阿久根が変われば日本全国、どこでもオートマチックに改革が出来ると思っているのでしょうか?そんなおめでたいことはなく、自分のまち、自分の国は自分自身が改革を担うという意識、そして行動が伴わなければ改革は出来ない。

竹原信一という男が死んだわけでもないし、阿久根の改革に幕が引かれたわけでもない。今回の選挙も改革プロセスの一部でしかない。

改革をやるも、やらないも、終わるも、終わらせないも、自分自身の問題でしかない。

「ま、竹原市長は調子に乗りすぎたってことでしょう」とツイッターでつぶやいちゃうかる~いジャーナリストや、既得権益が守れてしめしめと喜んでいる身分制度上位の人や、「新市長!おめでとう!がんばってね~」などアタマの暖かい方々は論外ですが、<font size=5 color="#0000ff">残念なのは「残念だった」「終わった」などとヒトゴトのように言っているあなた自身の存在です。</font>

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