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2011年3月25日 (金)

親としての覚悟と決断

夜9時ころ、西牧議員から「あなたに言っておかないと、あとで怒られるから」と電話があった。「実は、高津戸で放射性物質が検出されたんだよ。15ベクレルだけどね」と。

やはり、放射性物質は桐生にも飛散していた。福島原発事故現場に桐生より遠い前橋の水道水に検出されているのだから、当たり前である。“微量だから大丈夫”とは思わない。なぜなら、水“だけ”に含まれる放射性物質が微量であっても、また野菜“だけ”に付着する放射性物質が微量であっても、放射性物質はそれだけにとどまらず、風にふかれて空気中を漂っているのである。特に、幼児や妊婦に対する影響がもっとも懸念される。「どの程度の放射性物質の飛散によって、どの程度の濃度で、何年後に人体にどのような影響が出てくるのか」などと人体実験されたのではたまらない。

乳幼児や妊婦さんなど出来れば、放射性物質が飛散していない地域へ自主避難したほうがいい。それが出来ないのならば、細心の注意を払って防御しなくてはいけない。政府の広報が曖昧であるために、放射能に対する市民の認識はあまりにも低く、無防備過ぎる。

情報は様々な手段で得ることは出来る。今まで国民をだまし、のらりくらりごまかし、搾取しつづけてきた政府やマスコミの言うことなどそのまま信じるわけにはいかない。多様な情報から、自分で考え、自分で判断するしかない。突き放すようで申し訳ないが、最終的には、子どものいのちの責任は、親にある。親の決断が子どもの将来と、その子どもの子ども(まご)の未来にも影響してくる。

親としての覚悟と決断。難しいけれど、迫られている課題だ。

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